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Some Like It Cool ?

マリリンモンローズという音楽団です。

トーキョーシティーで素敵な歌を歌っています。

2009年頃現在のメンバーが揃い、

 2009年3月 「ワンダフルまたはフレッシュ」CD-R リリース!

 2010年6月 「ギターでおしゃべり」CD-Rリリース!!

 2011年11月1日 初プレス盤「シティライト」リリース!!

 2012年11月1日 1st アルバム「映画館」リリース!!!

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各界からコメントが寄せられています。 ⇒ 寄せられたコメント

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『ギターでおしゃべり』レビュー


「天才であること」



マリリンモンローズにおける主人公は、いつだってワガママで自己中心的だ。


アルバム曲ごとに抜粋すると、


「ここは大都会 君よりもきれいな娘がいる でもまた会いたくなった/国鉄に乗って♪」


「「さよなら」を君にもう一度会いたいよ/マグロベイベー」


「最高なら最高って言えよ/ウェッティ・バット・ドライ」


「君のアルバイト終わるのを待っててもいい?/男性に唇を奪われて」


「君の見てる絵は逆さま 僕の思いとは裏腹/絵描きの歌」


「我々は我々を救うためだけに動く/恋愛したっていいんだぜ」


そして決まり手は

「ギターでおしゃべりしたいな/ギターでおしゃべり」


やはり、この一言につきる。


マリリンモンローズのライブを見たことがある方なら誰でもわかるように、歌い手の常木は天才だ。

ステージの下の彼は爽やかな20代半ばのいち青年であるように見えるが、

その分厚い皮を剥げばいつだって天才しか持てない「鋭い牙」を隠している。

その「牙」こそが彼の言う「ギター」なんではないだろうか。


「ギターでおしゃべり」

とは彼の自分勝手過ぎるコミュニケーションなのではないだろうか。

音楽にしか自分を見いだせない者だけが持つ、憤りではないだろうか。


天才とはいつだってワガママで自己中心的なもので、独りよがりのナルシスト。


そして常木の言うとおり

「天才は天才でなけりゃならんのだ」。




THE ラブ人間 金田康平(2010年6月16日)


「ギターでおしゃべり」を手に掲げる金田康平氏 

 




『ギターでおしゃべり』全曲解説

 

1.
国鉄に乗って♪
 

4カウントの猶予の後、強い暖色のネオンサインが耳を突き刺す。

おまっとさんでした!マリリンモンローズ、一年三ヶ月ぶりの新譜の登場であります。

恐ろしく人懐っこく覚えやすいサビに続いて現れる、

「こーこーはー、だいとかい、だーいとかい」という旋律に息づく、

相変わらずの歌心をまずは祝福しませんか?

そんな祝福の暇など聞き手に与えないように、

やんちゃなリードギターに煽られて、

気分屋の主人公は次から次へと列車を乗り継いでいく(概ね同じ国鉄の上下線だが)。

しかし、「連れてって…」という女の声が慎ましく現れると、

強い暖色のネオンサインはほのかな寒色のそれへと変わり、

ほんの少し頼りないリバーブとディレイが二人を何かから守るように包み込む。

「愛のホテル」に束の間、知らず知らずの内に守られていた二人は、

やはり死に物狂いでその頼りない保護から抜け出し、

車掌の「出発進行」に急かされるように、また国鉄に飛び乗ることになる。

輪唱さえ交えて繰り返される「国鉄に飛び乗って」。

二人は一体、国鉄に乗って、どこへ行ってしまったのだろうか。

 

2.
マグロベイベー
 

ある夜にカビ臭い飛行船が迎えに来たのがきっかけで、

「マグロ」である女と付き合う羽目になったマリリンモンローズ。

「マグロ」である女に何とかして感じさせようと、「マグロ」という名の魚よろしく、

止まることなく必死でサービス…じゃなくて愉快な演奏をするマリリンモンローたちが最高に愛らしい。

ドラムのサービス内容だけとってみても、8ビートは勿論、そのパターン違い、

やや後ろノリになったものから、果ては16ビートまで繰り出し、

その間にもカウベルやライド・シンバルのおかずでご機嫌を伺うことを忘れない徹底ぶり。

ボーカルのメロディーや歌い方もひょうきんそのもので、

普通の女子なら一遍でとろけてしまいそうなものなのだが、

やはり「マグロ」だったあの娘は遂に目黒で別れを告げられてしまう。

しかし、あの娘に別れを告げたマリリンモンローたちは、

やはり女を振った罪悪感からなのだろうか、ここから怒涛のサービスタイムに入る。

ベースとギターが最高の歌心あるフレーズでおもてなしをしたり、

一瞬ぼんやりとしながらも体の底が燃え続けているようなブレイクタイムを挟んだり、

突っ込んで「マグロ」の名を呼んでみたり、

同じメロディーに違うコードを付けてみたりと、

もう別れた女に未練たらたらのマリリンモンローズ(後悔してんのよ、やっぱり)。

しかし、演奏が臨界点に達したその刹那、「もう、こんな白々しい真似やめようぜ」とばかりに、

急にクールダウンし、歌い出される旋律のやさしさはどうだろう。

歳を重ね、多少なりとも人生経験を積んだ「マグロベイベー」には、

この旋律のやさしさに感じる所があったのではなかろうか、そう思いたい。

 

3.
ウェッティ・バット・ドライ
 

始まりつつある曲は紛れもなくクールである、

と保証するように平熱のベースラインが立ち上がり、浮遊感のあるギターと、

とんまなカウベルがその緊張感を解きほぐすように重ねられる。

しかし、やや遅れて入るスネアに続くブレイクビーツに、

どうしても腰が反応してしまうクラウド達はこの曲がクールであるということを認めざるを得ない。

ややあって、素っ頓狂な声で歌う男が、自らのクルーの一員である男を、挑発的に称え始める。

「あいつなら 言えるぜ?」

ブレイクを経て、ほとんどリズムマシーンのようにシンプルなパターンを叩きはじめたドラムスに倣うように、

男女の声が慎ましくそのクルーの男の名を歌いあげている。

その声に寄り添うギターは、

丁寧に切り取られたサンプルのような音色で、♭、♭と和音を繋いでいる。

…もう、お分かりだろうか。

このナンバーは紛れもなく、ヒップホップである。

まさかと思う向きは、二度目のAメロがダブルで歌われており、

その片方が途中、素晴らしく舐めきった声色を発し、ディレイの彼方に笑って消えていくのを聴いてほしい。

この堂に入ったふざけかたは、やはりヒップホップではないか。

分かったかバカヤロウ、いや、分からずとも、

とにかくここまで徹底してシャウトアウトされている

「ウェッティ・バット・ドライ」の二度にわたるノイズギターを聴いてください

(ヒップホップを聴くと気が大きくなるきらいがありますね)。

このギターの音、私、大好きなんです。

世界一好きかも知れない。

このギターの音を聴くと、つい物事を大袈裟に言ってしまいがちになるのが、玉にきずなんですけど。

 

4.
男性に唇を奪われて
 

竜宮城の中を地引網もって全速力で駆け抜けたようなめくるめく冒頭三曲から少しだけレイドバックして

送られるこの曲は、エレキギターの弾き語りから始まり、曲の持つ感情の振幅に沿うように、

だんだんとバンドの演奏が熱を帯びていく、というラブソングにはうってつけの構成を持っている。

しかし、これはいったいどういう歌なのか、いやそもそもラブソングなのか。

同じコード進行に乗せて歌われる歌詞の内容は三つ。

1.
四回のセックス(実際には三回だが)がどういうものだったかということ。
2.
「君」のアルバイトが終わるのを待っている僕のこと。
3.
日本人の女性しか好きになったことのなかった僕が、ある体験をきっかけに変わったということ。
以上である。

全てスキャンダラスなことを歌っているという点では共通しているが、

この三つの間には何の関係もないように見える。

大体、二.の「君」は、一.でセックスをしていた女なのか、いやそもそも女性なのか。

そんなようなことを考えているとすっかり終わってしまうような可愛い小品なので、

何も考えずに演奏を楽しんで、自分なりの思いを巡らすのが良いと思います。

例えば私などはこの曲を聴いていると、偉大なるロックバンド、スピッツを想い起こしてしまうのですが、

どうしてなのか全くわからないので、聴く度にその理由を考えています。

 

ここまでの四曲とここからの三曲は、「男性に唇を奪われて変わった」からかどうかは知りませんが、

レコードの雰囲気が一変します。

そう、つまりここからレコードはB面に入ります。

お聞きの皆さんはCDをひっくり返してプレイヤーに乗せてください。

 

1.
絵描きの歌
 

夕闇が頭上に迫りくるときのあの感覚を、何と表現したらいいのだろうか。

それは安堵と畏怖の入り混じったような感覚で、

私はたちまち奇妙な落とし穴に突き落とされたように無力になり、

穴の底で恍惚と虚無のあいの子のような表情を浮かべて空を見上げている。

『絵描きの歌』は私にとって、そのような感覚と共にある。

 

二本のギターが六拍子でアルペジオを奏で、夕闇を立ち上げようとしている。

昼を閉じようとしているのか、夜を開こうとしているのか、低くて重たい、

コントラバスのようにさえ聞こえるベースが何らかの扉を軋ませている。

毎日訪れる夕暮れの中で、絵描きが絵を描きはじめる。

パレットの中の地獄も、溶剤の香りも、もはや慣れ親しんだものであって、

絵描きを狂わせたりすることはない。

しかし、バンドが思わず夕闇を意識させるような和音を奏でると、絵描きは口を滑らせてしまう。

「何も感じてないでしょう?」

一度目はすんでの所で耐えた絵描きだったが、バンドの演奏はまだ続いている。

誰かの声が遠くで聞こえたような気がした。

二度目がやって来る。

楽器の話をして、気を逸らそうと努めた絵描きだったが…。

 

バックビートの中で、脈拍が爆発している。

今度はピアノの低音部を打鍵しているように聞こえるベースが、絵描きの発狂を聴き手に告知している。

絶えず体のどこかに巣くっていた不安が、ひしゃげた声で漏らされる。

こんな絵を描いたって、きっと誰にもわかってもらえない…。

不安から眼を逸らすようにして、作業を続ける絵描き。

頭の中でつむじ風が吹いた。

絵筆とカンバスの接触する音が銃撃のように響いている。

恐れてはならない、描き続けなくては…。

 

夜がもうそこまで近づいて来ている。

今日の作業が終わろうとしている。

明日もきっと同じように絵描きは絵を描くだろう。

なぜなら、絵描きは今日の作業過程は勿論、完成した絵のことだって何も覚えていないのだから。

そのことを嘆くように歌い手は絶唱し、バンドの演奏も熱を帯びていく。

そして、思ってもみなかったタイミングで夜が扉をこじ開け、バンドは演奏を終了する。

夜というのは大抵、思ってもみなかったタイミングでやって来るものではあるが。

 

2.
ギターでおしゃべり
 

どれほど独裁者に心酔している戦地の軍人でも、この曲を聴いてしまえば途端に

「もう、いい加減やめにしたい…」とこぼしてしまうのではないか。

イントロが、いやこの曲の最初の一音目が鳴らされると同時に、

私の中の警戒心のようなものはあえなくほどけてしまい、曲が進むにつれ、

攻撃性や暴力衝動といったものが体の隙間から漏れだして、排水口へと流れ落ちてゆく。

こんな素敵な効能はわざわざ分析などしないで、

「魔法」とでも名付けて、失くさないように仕舞っておきたいものだが、

それではここまで書いてきた文章すべてが無価値に思えて悲しいので(実際、無価値だが)、

この曲についてもう少しだけ考えてみようと思う。

 

この曲は、レコードの中で唯一、ゲストを招いて録音されている。

わくわくガールズというバンドから、鈴木加奈子がピアニカで、柳原幸が笛で、演奏に参加しているのだが、

彼女たちは曲の中で何をしているのか?

ただ歌っているのである。

シンプルで無邪気な彼女たちの歌に、私はたちまち撃ち抜かれる。

それでは、本盤の主役であるマリリンモンローズの面々は何をやっているのか。

ただ歌っているのである。

そう、この曲は、歌だけで作り上げられた歌なのである。

しかし、彼ら彼女らは、ただ自由奔放に歌っているのではない。

あくまでも、『ギターでおしゃべり』という歌のために歌っているのだ。

信じ難いほど覚えやすいメロディーと、恐ろしくシンプルなコード進行を持つこの曲は、

余りにも透き通った美しさを湛えているため、ひょっとしたら、

人の眼には見えないかもしれない(音楽なので、実際見えないが)。

そこで、そんな少しばかり心配性な演奏陣がやったことはといえば、

透明な水晶の向こう側に、色を持つ別の宝石を置いて、水晶の美しさを強調する、

そんなようなやり方で、歌に歌を添えたことであった。

例えば…いや、やめておこう。

この曲に関しては、これまでのようにその色を並べ立てたりすることは少々無粋かもしれない。

でもね、サビのベースの譜割りとか…はいはい、やめやめ!

 

さて、この曲は『ギターでおしゃべり』というタイトルだが、

最後のラインに「ギターでおしゃべりしたいな 奏でるよ 悲しい音楽を」とあるように、

実際にはギターでおしゃべりはできないということが歌われているように思える。

しかし、アウトロの、曲が終わってしまうのを惜しむように続く演奏における、

各々の歌心あふれるフレーズは、どこかの喫茶店やらファミレスで、

特に目的もなく繰り広げられるおしゃべりが、奇妙な盛り上がりを見せ、終わるに終わることが出来ない、

という感覚を私に想い起こさせる。

少なくともこのアウトロを聴いている間は、

歌詞のことなど忘れ、ギターでおしゃべり、できるんじゃないかと、私は思ってしまうのである。

 

3.
恋愛したっていいんだぜ
 

冒頭と同じように4カウントの猶予が与えられていたので、それを待ってから、

冷たいアルペジオを飲み干すと、程無くしてベースが不穏な動きを見せたので、

「アルペジオ」というのがアルコールの一種であることが分かった。

「ぶんちゃ、ぶんちゃ」というシャッフル調の陽気なリズムに乗せて、

「良品計画のアートワーク」とは程遠い、アル中の大瀧詠一みたいな口調の男が、独り芝居を演じている。

ただ、彼がどんな役を演じているのか、

いやそもそも、一人で何役をこなしているのかすらも、よくわからない。

独り芝居を続けながらも、少し手が震え出したことに気付いた男は、慌てて近くの立ち飲み屋に飛び込んだ。

すると、フィル・スペクターによく似た大将が、「ままま、駆け付け三杯」と酒を勧めてくるので、

一気に飲み干すと、何だかどこかで聴いたような爆発音が頭の中に鳴り響き、

一遍に気持ち良くなってしまった。

「いや、このレコードのミックス本当に凄いわ!」これは別の酔っぱらいの言。

独り芝居はいつの間にか幕になっており、

男は「体調不良がワンダフルまたはフレッシュを奪う」とか

「うわ、ジーンズにアップリケやんねえと」などと取り留めのないことをぶつぶつ呟きはじめていた。

酔いが再び回ってきたのか、男はさぞ愉快そうに箸でコースターを叩きはじめ、

「あいつに会いに行かないとなぁ」と店内を飛び跳ね回る始末。

慌てたスペクター大将、酒を注ぐ。

「邪魔する奴はどうしようかな?」などと男が独りごちるのを聞き、スペクター大将、

過去の過ちを思い出して十字を切る。

ややあって、盛り上がりが最高潮に達し、突如全くの正論を歌い上げ始めた男の歌声に、

大将はうっとり聞き惚れていた。

特に「飽きちゃった!」の所は、手にしていた焼き鳥を炭の中に落としてしまうほど夢中になって聞いていた。

途中、男はなぜか天才についても言及し、もろに感化された青年がその言葉を素っ頓狂に繰り返したりもした。

「ぶんちゃ、ぶんちゃ」というリズムは、今や立ち飲み屋全体に広がっており、

どちらかというと三連のリズムのように響いていた。

先ほどの青年がビールの泡のように綺麗な合いの手を入れたりしている。

それにしてもこの男、アル中にしてはなかなか面白いことを言う、と大将は改めて感心していた。

「我々は我々を愛する為だけに 私は私を愛する為だけに I love you」などとはなかなか言えたもんじゃない。

このマリリンモンローズという奇妙な名の男、自分はミュージシャンだなどと嘯いていたものだが、

ミュージシャンとはその歌詞のように、自分の為だけに生き、好きなことだけをやるべきもんだと、

おれも常日頃から思っていたんだ。

とここで大将は、店を調理主任である私に任せて、食材の仕入れに出かけてしまったのであるが、

私はその歌がなおも続き、

マリリンモンローズが「我々は我々を愛する為だけに 私は私を愛する為だけに」

最後の最後には何をするのかを歌ったことを知っている。

私は、それを聞いて、やっぱこの人、本物のあまのじゃくだ、

と感動して泣いてしまったのを今でもまざまざと覚えている。

その歌は、『ギターでおしゃべり』というこの人のレコードに入っているので、皆さんも是非聴いてみて欲しい。

そのレコードがどんなものかというと、その始まりは4カウントの猶予の後…。



■安倍渉一郎(2010年6月18日)



様々なコメントをいただきました。



ひ弱で最強で刹那的なマリリンモンローズ

text by SAE



マリリンモンローズ!それはぶっ壊れた後の社会を真っ向から見つめる、

若者の鋭い目、とでも言いましょうか。


マリリンモンローズはrockバンドの名前death。メンバーは皆25歳くらいの若者。


ボクは今28歳だけど、

ボクが高校生くらいの時(1996〜1998)から世間では子供がぶっ壊れたと言われ始めたのではないだろうか?

バブル崩壊後、生きる事に意味を見つけられなくなって壊れてしまった大人を親に持ち、

崩壊の音を聞きながら育った子供達がいる。

近所付き合いもその頃からぐんと減り、

家庭の秘め事は小さな家やマンションの中に閉ざされてしまったのではないか?


もっと以前からだったのかもしれない。それは置いといて、現代っ子と言われてきたボク等は、

始めから道徳も秩序もない土壌で育って来たのかもしれない。


マリリンモンローズのライブを昨日見た。

二回目だ。一回目に見た時はホントいいバンドだなぁという印象しかなかったが。

『東京都』という歌の歌詞が気になっていた。

なぜならば、東京都は夢を叶えてくれるというポジチィブな歌詞をつらつらとバンドメンバー全員が歌っていて、

それが全部皮肉にも聞こえたからだ。


どうやら皮肉だったらしい。

彼らは東京都への賛辞を、とても悲しそうな顔、もしくはfakeな表情で歌い、叫ぶのだ。この歌はマジで泣ける。

コレこそがrockってヤツだなと感じる。

ボクだったら「東京、マジ最悪。」とかストレートに表現しちまいそうだが、

ボクよりも若い彼らはもっとスマートだ。ふっふっふっ


彼らは若くて、同時に冷めた目を持っている。ギターボーカルの男の子の知への欲望を感じた。

そしてメンバー全員がギターボーカルの男の子の悲しみや疑問や発見に共感して

一緒に一つの音楽を奏でているかんじがした。

そしてドラム、ギター、ベース、皆なんとも言えないいい顔をしている!


刑務所の曲と、東京都の曲で号泣したぜ、

モンローズ!つま先から頭まで熱くなれることなんてそうそうない。

彼らの音楽が伝わったということだ、このボクに。

こりゃ負けてらんねーぜ、とカツを入れられたよ。?taxiもがんばりやす。


マリリンモンローズはライブがまじでイイので、

皆さんも一度彼らのライブに足を運んでみたらいいんじゃないか?




ただ「ボクを吹き抜けてく風が優しい」とか歌っても意味を成さない時代なんではないだろうか? 

メリークリスマスの後に刑務所って言葉が出て来るモンローズの歌詞は現代に響く歌詞だろ!

っってボクは思うんだ。


マリリンモンローズよ、いいライブをありがとう!!!!!


HATENA TAXI SAE/(2009年3月24日)









ロックンロールとマリリンモンローズ、僕はこれ以外に興味がない。


■鈴木一弘/(2008年3月9日消印)

 






私が始めてこのバンドに出会ったのは吉祥寺のあるライブハウスでした。

『すごく面白くてカッコイイバンドが出るよ』

そんな噂で持ちきりのバンドがマリリンモンローズでした。

適当のように観えて計算されたステージ。そこまで上手くない上手くないからこそ、胸にツンと来る歌声。

ひねくれているようで真っ直ぐに飛び込んでくる歌詞。噂どうり。

いや、噂を斜め45度上のバンドだったことを記憶している。

変な奴らだよ全く。

それから私は、何度もマリリンモンローズのライブに足を運ぶようになった。

あるとき、常木はこう言った

『俺たちのミュージックって中々いけてるよね?』

 

このたび発売されたCDおかげで、自宅のコンポから初めて彼らのミュージックが流れたのですが、

その音色はとても優しい。



テングインベーダーズ なかむらむつお/(2007年3月22日)







元を辿ればあれは衝撃的だった。


いつも足を運ぶライブハウスに奇妙な若者が四人。

黒いカスタムテレキャスターとダンエレクトロと適当に置かれたビッグマフ、

どこのメーカーだかわからないプレベ。


・・・そんな事は一瞬でどうでもよくなった。


彼等の音はどんなに上手いバンドよりも耳に、脳に、眼の裏に届く。


煙たい淀んだ空気を突き進む塊のような音は決して痛くはない。


むしろ優しい。

が、激しい。


とどのつまり、訳が解らない。


彼等の白いキャンパスから生まれる衝動的音楽・・・

まさに『ホワイトライオット』


アルコールと煙草とクッキーにやられ、段々と麻痺していく頭に常木の歌詞はしっかりと残り、

余事を掻き消すラマスのギター。


可愛い奴らだが・・・あなどれん。


もう、理屈じゃないんだよ。





『百聞は一見にしかず』と言うが、


最後にこれだけは言っておこう。


『百聞も百見もしろ!』・・・と。


武蔵野にとうとう化け物があらわれたな。


化け物は桃色のかんざしが良く似合うドリーマー。


その名は・・・


『マリリンモンローズ』



雨ふらしカルテット  塚越"yoh-key"清敬/(2007年1月22日)






「1967年のマリリンモンローズ」

遡ること40年前。
1967年のマリリンモンローズはロンドンに、あの熱狂の中にいた。
その頃のロンドンでは全ての判断基準が「やんちゃ」に委ねられていた。
「あのバンドはどうだい?」「やんちゃが足りないな」
「あの映画はどうだ?」「私はああいうやんちゃはちょっと」
「お父さん、お湯加減どう?」「やんちゃが過ぎるよ!」
これらのような会話がそこかしこで聴かれたものである。
それ故にマリリンモンローズは、

毎週水曜日に出演しているナイトクラブでどれだけ「やんちゃ」できるかに命を懸けていた。
水口乾は、その日のライブでグレッチとダン・エレクトロのギターのどちらを使うかを、

朝一番に「やんちゃできるか?」とギターに訊くことで選んでいた。
はらくーぁゆみこは、「やんちゃ」しすぎる少年少女の為に、暖かいベースラインを奏でたり、

正確にリズムキープをしてあげたり、クッキーを焼いたりしていた。
常木智史は素っ頓狂な発声法や、やたら重心の低く、

それでいて軽やかなカッティングで「やんちゃ」を表現することに余念がなかった。
1967年のロンドンではそれが当たり前。

1967年のロンドンではそれこそが熱狂のコモン・センスだったのである。

しかし、3人は1967年のロンドンが抱えていた過度の「やんちゃ」中毒に違和感を感じ始めていた。

水口乾は、ビッグ・マフを踏んだときに迸る「やんちゃ」も好きだったが、

それと同じくらい、ビッグ・マフを踏んだときに倍音が大量発生する感覚が好きだった。
「やんちゃ」みなぎるエキセントリックなダンスをしながらも、

大好きな常木の曲を口ずさみながら、笑顔で変なおかずを爪弾くのが好きだった。

はらくーぁゆみこは、2本のギターが奏でる和音に対する基音の選択に、

「やんちゃ」と同じくらい、豊かさを混ぜることを忘れていなかった。
常木のボーカルにコーラスを乗せる時に、

女の子の持っている絶対的な可愛さと優しさを隠し味として加えることを忘れていなかった。

常木智史は、外見は「やんちゃ」そのものの曲の中に、

AM7」や「G#m7(♭5)」といった心臓を突き刺すような和音を取り入れてしまうのを、

うしてもやめられなかった。
リリックの中に恋の情景を取り入れてしまうのを、どうしてもやめられなかった。
「やんちゃ」な発声法とは一見相容れないように思える、恐ろしく覚え易く、

時に眼を閉じてしまいたくなるほど綺麗な旋律を歌ってしまうのを、どうして もやめられなかった。

彼らは自分たちが、「やんちゃ」であるのと同じくらい、いやそれ以上に、

「メロー」でありたいと思っているのを、どうしても隠せなかったのである。

さあ、果たして「やんちゃ」で「メロー」なマリリンモンローズの楽曲、

そして演奏はたくさんの少年少女に受け入れられたのか?
そして、「やんちゃ」で「メロー」な彼らの魅力を2倍3倍にしてしまうようなドラマーは見つかったのか?
それは2007年に生きる人間しか知り得ない。
何故なら彼らは、運命のいたずらで、

1967年のロンドンから2007年の東京へとタイムスリップしてしまったからである。
嘘だというのなら、ライブを見に来ればいい。
彼らは、そこで笑って「やんちゃ」に「メロー」してるだろう。


■安倍渉一郎/(2007年1月20日)





マリリンモンローズ…とってもかわいらしい4人組です。
正確には3人+ナイスサポート1人。
それぞれの個性を持つ3人に、その3人・マリリンモンローズが大好きなサポートドラマー1人。
すごくほっこりしてしまう4人の世界、音楽、クッキー。
んもう 言葉じゃ表せないっ てのが本音で、

もし 彼らが手のひらサイズ位に小さくなったら 鳥かごに入れて知り合いに見せて回りたいぐらいです。
その位キュートなんです。音も見た目も。

なんだか とりこになってしまった自分がいます。
きっと これからとりこになってしまう人が増えるでしょう。
彼らの魅力は文章では表せません。ライブを見て欲しい、いろんな方に。

マリリンモンローズ 私のとっても好きなバンドです。


LIVE HOUSE  SILVER ELEPHANT  ブッキングマネージャー長嶋/ (2006年7月27日)





君は一番簡単な洗濯の方法を知っているか?
寒くなってきて冬物を出すとき、
夏服のズボンを出すときにほこりやらタンスのなかの密集地帯の空気やら吸っているやつらを、
すっぱりきれいにしてやる方法だ。
それはハンガーに吊るしてただ太陽に照らさせておくことだ。
そうすれば着たときのイガイガも少しなくなり、
汚れも少し太陽のエネルギーにてすこし空中に飛んで行くような気がして、気持ちよく羽織れるだろう。
さてマリリンモンローズである。
マリリンモンローズのボーカルの常木さんは歌が下手である(ように聴こえる)。
僕の耳がおかしいのかもしれないが、ピッチを外しているのか、
リズムを外しているのか何だかわからない。だいたい下手であるとそれまでで終わってしまうのだが、
いくつかの数少ない幸運なバンドはそれでも見るものを気にさせる何かを持っている場合がある。
彼らは好運なバンドのひとつである。
そして不思議なことにライブ終了前になると常木さんは大分うまくなっている。
一体なんなのかなぁ~~??わからないがそういう風に見えてしまうのだ。
どういうことなんだろう?
そして彼らはどことなく都会的な雰囲気を感じてしまう何かを持っている。
ギターを弾いている水口さんは静岡からやってきている沼津市民

(行ったことはないけれどもとても素晴らしいところです)にもかかわらず、
どうしてあんな都会的な音が鳴るのか?とても不思議である。まあ。どこから来ているか関係ないけどね。
彼のギタープレイはとても微笑ましいし、心地よく弾いている彼の、彼女の気持ちが伝わってくるようだ。
ふにゃふにゃして、いっちゃったあとの顔をしながらひいている。
そして時に真面目な顔でブレイクをする。なんなんだ。
そしてベースを弾いている原川さんのたたずまいもマスコットのようにかわいらしく見えてくる。
それだけじゃないが、よいバランスだと思う。
僕たちは音楽を聴きに行くと同時に感じに行かねばならない。
そしてやる方はほとんど命をかけてやらなければならない。
売れていないロックバンドはそういうステージをやるべきなのだ。
ステージに立つというのはそういうことだと思っている。
ちゃらちゃらしたバンドははやくジャニーズ事務所にひきとってもらうべきなのだ。
繊細な中から生まれてくる都会的な感じはなかなか良いものであると思っている。
とはいえ、バンドはどんどん変わって行くところもあるだろうから、

皆さんが聴いたらそういう印象がまったくないかもしれない。
僕はそれはそれで素晴らしいことだと思う。
いつもイメージを乗り越えるボブディランというのは言い過ぎであるが、
バンドの皆さんは「自分たちは、これなんだっ」て思わないように出てくるものを

好きに出していっていいのではないかと思う。
皆さんもこんな紹介文あてにならないから、皆さんの見方で見てもらえればと思う。
そしてバンドはいつも裏切って乗り越えていく試練をすくなからず持っているだろう。
最後になりますが少し前に常木さんに
「僕はずっとバンドをやるつもりです。

もし君たちもそのつもりならこれでこれから一生の付き合いになりますな」

と突きつけられたことを強烈に覚えている。
なかなか良いことを言うのです。

ホライズン山下宅配便 くろおか/(2006年7月13日)




言葉にできない想いでいっぱいです。―マリリンモンローズ一同